第十六章

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 フレディは眠っている。
 フードを被った男が馬にまたがって森を進んで行く。その腕には、髪の長い男が青ざめた顔で抱かれている。呼吸をすることさえ困難のようだ。
 フレディは、走って追いかけるが、空気が水飴のように重く、まとわりつき、湿っている。
 風が匂いを運んできた時、フレディは凍り付いた。血の匂いが漂ってきたのだ。
 ーやめろお!彼を返せええ!ー
 フレディの声は空しく風に押しつぶされ、その空気がフレディの呼吸を奪おうとしていた。
 ベッドでジョンは深く眠っていた。
 暗闇でもがく光を追いかけ走る。だが、いきなり水の中に落とされて、動きが鈍くなったのと同時に、耳鳴りがするほどのボリュームで、声が炸裂する。
 ”覚悟しておくんだな!ホーセンの王子よ!今日は腕が手に入った。足が手に入り次第お前の首と血と、指輪を奪ってやる…!逃げることはできないぞ…!!ははははははははは!”
 のどの奥をごろごろならす様な声で高笑いが続いている。
ジョンは、気が遠くなった。
 朝日が差し込み始めた部屋に、クレアが飛び込んできた。
「ねえ起きて!」
 昨日は、同じ部屋4人揃ってへ集まり、みんなでジョンを囲むように雑魚寝していたのだが、クレアが慌てふためきながらやって来て、皆の毛布やらシーツやら一切合切ひっぺがし、起こそうとした。
「…起きろおおおおおお!」
 クレアの怒声と、せっかく集めたぬくぬくを奪われ、皆が皆寝癖頭の横を押さえた。
「うっせー!」
 とロジャーが一番はじめに食って掛かった。その声でまた残りの三人は耳を塞ぐ。
「マダム、朝っぱらから何のようですか?もちろん解っているでしょうが、貴方も含めて、僕達、この頃満足に寝ていなくって皆気が立っているんです。落ち着いて話して下さい。」
 フレディがなだめるように言った。ブライアンも続けて言う。
「はい、ここに御座り下さい。何が有ったのです?」
「誰か殺されたのでしょう?」
 とジョン。ロジャーとブライアンが驚いて振り向く。
「ええそうよ、ジョン。予知夢でも見たのね。顔色が悪いわ。寝覚めが悪いって顔しているもの」
 それは貴女のせいです。と皆が思う。
「今度はね、両腕の無い青年の死体が出たわ。またあの森で見つかったそうよ。外傷はなくって、何故死んだのか分からないそうよ。」
 用件だけ言うと、さっさと帰ってしまった。
 ジョンはしきりに自分の首をさすっていた。そっとフレディが寄ってきて、手にマークを描いてやる。
「ジョン、まだあの本読み切っていないよね。読みきって無い本持ってくるから、読みきった本を教えてくれないか?」
 ジョンはこくりと頷き、フレディの結われたとおりに読んだ本の特徴を言った。それ以外の本を選びフレディは持ってきて、手を添えるように言った。
「こ、こう?」
 ぎこちなく手を本の上に置くと、手に描かれたマークが反応し、光ったかと思うと、本の中の情報が頭の中に入ってきた。
 「な、何だこれは!?」
 様子をうかがっていたロジャーは驚き、ブライアンは言葉を失った。
 「魔法さ」
 シレッとフレディは答え、「簡単な、ね。」と付け加えた。
 あんぐりとジョン、ロジャー、ブライアンの三人は口を開け、「これはすごい…」と異口同音。
 フレディは、情報が読み取られたのを見ると、マークを消した。
「どう?ジョン、本の内容分かった?」
「え、あ、うん、す、すごいやコレ。」
「さて、『楯と防御の呪文』は?」
 言われたとおりの物を頭の中の引き出しからだし、手のひらでマークを書き出し、呪文を唱えた。「Bouclier(ボウスリグ、楯)!」
 パッと明るい光の半円球の幕が現れる。フレディは胸ポケットからナイフをさっと取り出し、ジョンに投げた。
 キン!と澄んだ音を発し、ナイフは跳ね返った。
「よろしい。」
 ブライアンは目が点に成り、ロジャーはただただ興奮するばかり。
「すげーな!こりゃあ、良い戦力に成るぞ。ジョン、教えてくれ!」
 ジョンは、自分でやってみせたことに関して未だに真実なのか迷っているようだ。
「い、いいけれど、これって、普通の人にもできるの?」
 フレディはにっこりしてできるよ、ダーリンと言いつつ、「簡単な物ならできるはずだよ。例えば、『Epee(エぺ、剣)』『Feu(フー、火)』『Eau(オー、水)』『Rhume(ルム、風)』『Terre(トゥール、土)』『Ardre(アルブール、木)』『Fleche(フレシュ、矢)』『Cheval(シュウ゛ァル、馬)』『Lance(ランス、槍)』などなど、いろいろ有るんだ。」
「俺、『Cheval(馬)』!あと、『Epee(剣)』と『Fleche(矢)』!防御は、ジョンに任せる。」
「う、うん。」
「じゃあ、僕は、『Rhume(風)』『Arbre(木)』『Feu(火)』ね。ジョンとフレディはだいたい使えるんでしょう?教えて。5分で覚えるから。」
「げ!5分だあ!?俺はもっと時間が欲しいぞ!」
「あのねえ、ロジャー、時間くってる場合じゃないだろ!?服着替えて早速地下で練習しよう。」
「ご飯は?」
「後で食べるよ。ジョン。大丈夫だよ、5分だけだから。」
「うん…。」
 
 珍しくやる気満々のブライアンを先頭に、一同地下の広場へいき、練習することに成った。嫌々付いてきたロジャーは、いざとなると集中力が違っていた。
5分後、白馬にまたがり、剣を持ち、弓矢をたずさえたロジャーと、木の上で風を起こし、火の粉を舞わせているブライアン。黒い馬にまたがり、甲冑を着、槍を持ち、シールドを張ったジョン。白の地に、黒のダイヤのマークの付いた馬にまたがり、氷の長い剣を持って、火球を浮かせているフレディが出来上がった。
 「何か、無茶苦茶だなあ。」
 ロジャーは、ぽつりと言い、ジョンは、笑って、術を解いた。フレディは、道化師の服を魔法で作り上げ、跳躍し、ブライアンは、木の上で居眠りしはじめた。
「ジョン」
「ん?」
 道化の格好をしたまま、フレデイが、ジョンを呼ぶ。
「皆に言って良いかい?」
「何を?」
 ふと、ジョンの顔が真顔になった。フレディの目がいつになく怪しく光っていた。まるで夢に出てくる暗闇の光のように。
 ジョンはなかなか返事をしなかった。やがてのろのろと視線を逸らし、小さな声で言った。
「僕には、君が何を言いたいのかわかっているように思う。」
「それなら話が早い。」
 フレディは破顔したが、目の光は変わらなかった。
「それでも、もう少ししてからにして欲しいんだ。皆、もちろん僕も含めて、少し疲れているから。お腹もすいたしね。」
 フレディは、アっと小さな声をあげ、道化の動作そのままに大仰に驚きの表情を作り、口元を覆ってみせた。
「おっとダーリン、すっかり失念していたよ!君は熱が下がったばかりだったね、気が回らなくてすまなかったよ。さぁ皆、朝食にしよう!」

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