ーVAMPIREー

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 ここは中世イギリスの片田舎、ここにジョンの五人ぐらい手前の前世、リチャードさん(←ミドルネームとなんら変わりない)が、下級貴族として質素ながらも、品のある暮らしをしていた頃の話。
「又だ…」郵便受けから手紙を取ったまま、しばし手で口を押さえた後に言うと、へたっとその場に座り込んでしまいました。
(おぉ神よ…)胸の前で素早く十字を切り、開封しなければ呪われるのかと思うほど慎重に封を開けると、二枚の紙が出てきました。片方は秀作と言えるデッサン、もう一方はカードでした。
 リチャードはまず、デッサンの方を広げてみました。それは、庭いじりしている彼の赤チョーク画で、彼は歩きつつ屋敷へ入り、自分の書斎へ行って落ち着こうとパイプに火を付けて椅子に座ると、今朝庭をいじっていたのを思い出し、ブルッと身震いしました。

(ー…僕はどうなるんだ…?)


 引き出しを開けると多分同一人物と思われる手紙でいっぱいでした。
 震える手で今度はカードの方を見た途端、もうたまらなくなり、地の果てより自殺願望が彼の脳に襲って来たかのようでした。
 そのカードにはこう書いてありました。

((今夜合いに行くよ))

 誰か…僕を救って…
 願いも哀しく、月明かりが彼の頬を照らす頃、リチャードのとがった耳に身も凍る様な甲高い笑い声が聞こえてきました。「だっ…誰だ!!」
 リチャードは脅えつつも叫んで問いかけてみました。ーオヤオヤ…分からないのかな?家政婦のテイラー婦人さー「あぁ、そう言えば、彼女ああいう笑い方してたな…」
 と、今度は悲しげな音楽が聞こえてきます。「誰だ!こんな時に呑気にギター弾いてる奴は!!」ーフフ…あれは吟遊詩人のハロルドさー「うん?あ、本当だ」

ガタ―――ン!!  

 突然窓が開き、リチャードのか弱い心臓は止まる寸前。「だ…誰だぁぁアアァア!!!!」
 失神寸前の悲痛な声が屋敷中に響き渡りました。そして、どっかで聞いた声がクックッと笑い声混じりに「オヤオヤ分からない?あんなに愛を込めたデッサンと、カードを添えたのに?
 この声は背後から聞こえて来ます。振り向くと男が髭を生やし、夜の闇を思わせる真っ黒のマントをはおい、ニッコリして立っていました。「やあ、間近で見るとますます可愛く見えるねぇ
 カッとなって殴りつけようとすると、紳士はそのパンチを避け、リチャードの引っ込めようとした腕を引っ掴んで、背中にぐっと回した。「ぐぅ…!」痛さ逃れにリチャードはうめいて半回転し、腕を外したのは良いのですが、紳士と鼻を付き合わせてしまいまた。「踊らない?ソーシャルダンスだよ
 と、言うなり手を引っ掴んで、勝手に踊り出しました。「ら〜ら・ら〜ふふ〜ん☆♪

(あうあう……なんなんだよぉ!もうっ!!)

 半泣き状態でリチャードは、その紳士の動きに合わせ踊るしかありませんでした。
 が、しかし紳士が彼に異様なまでにくっ付いてくるので、リチャードは懸命に体を反らせたり、紳士と車間距離を開け、あくまで自分のテリトリーを守るために激しい動きをしましたが、紳士には唯のタンゴ愛好家にしか見えなかったので、なおさら身体を彼に寄せる必要がありました。
 反り疲れたリチャードは、回転しだしました。さすがに両者共々疲れてきて、紳士が握る手を緩めたのを見計らって、リチャードはサッと離れ、ふらふらしながら椅子に座り込みました。
 暫く二人の苦しげな喘ぎ声が続き、リチャードは暑いので、窓を開け放ち涼しさを求めました。「リチャード…
 紳士が床にうつ伏せに寝転び、頬杖付いてこちらに熱っぽい視線を投げ掛けてきます。
「……。」
 まだ居たのかという目で紳士を一喝し、無視することに努めました。
 真ん丸の月を窓枠越しに見遣りながら、リチャードは物思いに耽りました。
 
 リチャードの蝋の様な白い肌には、青い血管が汗ばむ首筋にはっきりと見え、熱った頬やあまり厚くない(しかしながら実に色っぽい)唇には赤みがさし、遠くを見つめる様な瞳はどこか神秘を秘めた少女の様でした。
 紳士は寝そべったまま足をパタつかせリチャードの気を引こうとしましたが、彼が自分を無視しているのを寂しく思ったのでした。なので、より一層派手にバタバタ、じ〜たば〜た、滅茶苦茶に足を振り回しました。

(…あぁもう!ウザったいなぁ〜)

 半ばキレかかってるリチャードの眉間に縦皺が二本入りました。それから、こめ髪にプックリした青筋が…(中学で私を二年受け持ってた色白・灰色っぽい目で体型だけ純日本人の担任の先生が激怒した時、こんな感じだった)。
 紳士は彼が気にとめてくれたのを喜び、ニッコリ笑い掛けようとしましたが、リチャードの鬼の形相と対面し、これは笑ってられないのに気付き、片手をヒラヒラさせつつ分が悪そうに苦笑いしました。(…なんでだろう)と、紳士が思ってムクリと起き上がり、腕を腰の辺りで組み、哀願した様な目で彼を見つめました。  
 リチャードは紳士の目に哀しみに満ちているのに気付きました。そして何故そんな目をしているのか考えを巡らせました。
「…不愉快だ…」
 口の端をひきつらせ、紳士を置いて部屋を横切りドアノブに手を掛け様としました。
が、紳士はなおも「リチャード何故わかってくれないんだい?」 と、彼の背中に向かって問い掛けたので、いい加減堪忍袋の緒の緒までぶちギレていたリチャードは、吐き捨てるように「誰が分かるもんか、僕は異性愛者なんだぞ…?」
 と、言うか言い終らないかのところでドアがぶち壊れるんじゃないかと心配するほど、でっかい音を起てて ドアを閉めました。
なんで…っ理解してくれないんだろ・う…、私はただ血の仲間に加えたいだけなのに…。
 紳士は静かに涙を流し、ショックでガクッと置いた膝の前の円形の水溜まりに涙が頬をつたって、顎に溜りかねる大きさになると落ちていきました。
 さて、家政婦テイラー婦人は階段をドカドカ降りてきた家の主であるリチャードに、さっきから続いていた天井の床を行く複数の足音と、怒り狂った主人の声とドアを勢い良く閉める音はいったい何事なのか聞き出そうと、心配そうに尋ねました。とうの本人は婦人の顔を見て落ち着きを取り戻したらしく、やんわりした口調で説明しだしたのは良いのですが、何せ封を切ったように口を高速で回転させ(ようは早口。)、テイラー婦人の大きくて鮮やかなブルーの目はクルクル考えつつ回り、多分その場で、その目の動きを追うとしようものなら酔って吐気をもよおしただろうが、お陰さまで彼女は酔わなかった(う〜ん強い人だなあ!)。
 てなわけで、二人して恐る恐る書斎へ行ってみることにしました。何となくリチャードが逃げ腰気味なのに婦人は気付き、逃げ出さないように襟首をひっ掴み、自分を置いて逃げ出さないよいにし、睨みを利かせましたが、いつもより眉間の皺が深くなっただけで、あまり凄みのない可愛い顔になるだけでした。   
 

キィ…。

 書斎をそろそろと開け放ち、中を確認しようと二人して隙間から覗いてみました。
 しかし開け放された窓からの風でカーテンがバサバサ音を起てているだけで誰もいませんでした。「おかしいなぁ…さっきまで居たのに…」
 不思議そうにリチャードは首を横に傾けました。
「御主人さまぁ?しっかりして下さいよ〜!」
 さんざ早口の説明を聞いたあげく、怖い思いをしてまでここまで来たのに何もないとなれば、家政婦だろうが奴隷だろうが怒るのは当たり前。リチャードを年よりに話す口調で反発したのもしかたがない。


(リチャード血の絆)

 そう口づさみながら、吸血鬼の紳士は月夜の中を走っていました。

(私はいつでも君を迎えに。…!)

  彼の行く手を塞いだのは吟遊詩人のハロルドだった。「お前の正体は、わかっているんだぞ!」
……ハハハッ
紳士は目をハロルドに向けたまま笑いだしました。「何だ?私はバンパイヤハンターなんだぞ?…そうか、殺されると知って怖くなって狂ったんだな!」
 そう言い終らないうちにハロルドはそのバンパイヤに飛び掛りました。
「ふぅ…。疲れたなぁ」
 リチャードは寝室のベッドに横たわりながら溜め息つきました。重々しい空気から解放されたリチャード。遥か遠くで争うバンパイヤとハンター。
 闇の中動めく二つの陰がぶつかった時、バンパイヤはハンターの身に当たり跳ね返って草の上に倒れ込んでしまいました。
 ハンターは、しめたとばかりに飛び掛り、バンパイヤの胸に杭を押し当て、右手の木槌を振り上げ、ゴツッゴツッと鈍い音を起てながら杭は紳士の体に吸い込まれていきました。
 紳士は抵抗出来ませんでした。なぜならここ三ヶ月血を断っていたので、力が出ず、筋肉による抵抗は無理でした。
 しかし彼には死ぬ気がありませんでした。なので必死になってハロルドと目が合うようにし、目をできるだけ見開きました。
 紳士は、ハロルドと目が合うと、たちまち野兎に変えてしまいました。
 紳士の目には魔力があり、彼はいつもその魔力とバンパイヤ特有の馬鹿力でハンター達を撒いてきましたが、どうやらこれまでのようです。
リチャード…」口の端から血が筋になって流れていきました。「私は死ぬのか…?嫌だ!会いたい、リチャードに会いたい…!
 紳士は最後の力を振り絞り風に乗って、リチャードの屋敷の寝室の窓まで飛んでいきました。窓は開きっぱなしになっていたので、そのまま侵入出来ました。
愛しいリチャード…ああ、苦しいっ早く血を…
 紳士はベッドのリチャードに覆い被さり首筋を噛み切り、血を飲みだしました。しかし、元々心臓の弱いリチャードは急激な運動と驚きの連続のために、本当に眠るかのように息絶えていました。そうとも知らず、紳士はリチャードの薄い血を飲み、優しく抱きよせました。此処まで来るまでに木の杭は抜け落ち、胸から血が止めどもなく出、シーツやリチャードの服や体を真っ赤に染めあげていきまた。
 「リチャード…やっと私の最高の願いが叶ったよ…。愛しい、―お前…を…仲…ま、に…―
  紳士はいつまでも愛情のこもった目でリチャードを見ていました。
いつまでも、いつまでも転生するまで…

おわり

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