心の鍵

2、出発

昨日の雨が嘘の様に晴れ、雲一つ無い真っ青な空に、白い朝日の中、セレンは落ち着いた赤のコートと赤帽子のいでたちで、真っ白な病院の前の白いベンチに座って待っていた。

彼は大きなキャスター付き鞄と、ショルダーバック、そして小さなリュックサックをベンチに置き、小さな犬のリードを手首に巻いて少年が出てくるのを、のんびり図案をスケッチしながら待っていた。

図案が3つ程出来た頃だろうか、にわかに病院内が騒がしくなってきた。

と、ボサボサ頭にハツラツとした表情、病院に有ったのか白いシャツに紺のズボン姿に昨日着ていたジャケットを羽織って、まるで、昨日、川で溺れて流されて来たとはとても思えないような少年が、病院の入口から飛び出してきた。

「よっ!おはよう赤帽さん」

「おはよう、少年。昨日は寝れたかね。だがね、私の名前はセレンというんだ。覚えてくれたまえ。」

「ふ〜ん。じゃ、セレンさん。昨日はまぁまぁ寝れたよ。でも病院って退屈!出てく前に挨拶したら、ほら!塩掛けられちゃった。」

確かに頭や肩に塩が掛かっている。

(弱ったな、ここの医院長兼、お医者さんは生真面目な人なのに、こんな行動に出るなんて…。もしかして、私は大変な子と旅をするのか…?)

ちょっと引き吊った顔をしながらセレンは考えを巡らせた。

「ま、とりあえず、この鞄を当分使ってくれたまえ。気に入るか解らないが,私のお古だが服と、きみの好みか解らないがお菓子を少しばかり入れさせてもらったよ。使ってくれ。」

仔犬のスーが、少年の匂いを嗅ぎ、鼻に塩がついたのかくしゃみをした。

「ふーん、セレンさんの服か、ちょっと見ても良い?」

「良いとも」

ふと、セレンが顔を上げると、院内から医者が懇願した目でジェスチャーで、意思を伝えてくる。

「……?」

小首をかしげると、解り易いジェスチャーに替えた。少年とセレンを指し、両手の人差し指をくっ付けてから、遠くの方を指差した。

(連れて行ってくれってことかな?)

セレンも同様に,自分と少年を指差してから遠くを指差した。医者はものすごい勢いで首を縦に振った。

(ヘットバンキングしている…。あ、目が回ったようだ。)

ふらつきつつ、医者は神に祈る様な仕草をした。

(はいはい、連れて行くから安心してくれたまえ)

セレンはこくりと頷き少年を促した。

「見るのも良いが,少し歩いてからにしないかね?着替えた方が良いだろうし,近くの公園のトイレで着替えようか?」

にこりと微笑みながらセレンは言った。

「ん?あ、行く?じゃ、さっさと行こう。僕,ここの病院の人には嫌われているみたいだから。」

一応は解るのかと、思いつつ、セレンは病院のベンチをあとにした。

 

病院内

「やぁ〜本当にセレン君はいい人だよ〜。助かった〜。」

疲れ顔した医者が、深呼吸しながら言った。ヒョロッコイ看護士も「そうですわね。夫にも、協力するよう言っておきます。」

と、いった。

「確か,警察官だったね,きみの夫は」

「ええ、そうです。あまり有能では無いですが,道や、地域にある建物に関しての情報量は凄いんです。」

「そうか、では、我々は仕事に戻るとしようか」

「はい、医院長。」

又ゆっくりとした時間が流れ始めた真っ白な医院内だった。