第十章

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…さっきフレディが話してくれたように、魔法は13人の賢者によって封じられた。その形は様々で、少なくとも僕は、この指輪にその一部を封じられたということしか知らない。僕の祖先はその13人の内の一人だ。ホーセンを建国した開祖でもある。
ホーセンはとても貧しい土地だった。加えて他の社会から半分隔離されたような状態にあり、昔からその場所に住んでいた人々でさえ、日々の暮らしに倦んでいた。……皮肉な話だね、魔法を完全に封じるために、わざわざあんな辺境の土地へ行ったのに、魔法が無くては生きていくことさえ難しかったんだよ。
 ライの魔法は幾つかに分割され、その多くが何らかの力を持つ「物」に封じられた。その一つがこの指輪だ。しかし魔法が広く影響を与えることを恐れ、賢者たちは指輪を持つ者に、願いを実現させるためのありとあらゆる力を与えてくれるよう、その力を凝縮させていた。このことはつまり、指輪の持ち主に魔法の使い方を全て委ねられるということも意味する。ある時は大きすぎる義務であり、また耐え難い誘惑であったことだろう。でも、賢者ではない普通の王が、生きるか死ぬかという瀬戸際に立たされた時、彼等は恐らく重荷というよりは魅力的な何かに思えたはずだ。
結局祖先は指輪の封印を解き、魔法を復活させた。その土地と同化し、新しい世界に生きるため、彼等は土地そのものを自分達に合わせると言う方法を取ったんだ。気候、風土、自然環境――ありとあらゆるものを魔法によって少しずつ変えていった。他の土地にはなるべく影響のないように、細心の注意を払って。そしてホーセンは繁栄を始めた。でも、その豊かさは、本当は僕達が手に入れてはならなかったものなのかもしれない。
(そして、父も同じことを思っていたのかもしれない。気の遠くなるほどの長い年月を、この指輪は負っているのだ)

「僕が知っているのはこれだけだ」
 ひとしきり話してしまうと、ジョンはほっとしたように息をついた。
「お疲れさま、本当に、よく話してくれたね」
 フレディがにっこり笑って言った。
「久しぶりだよ、こんなに人と長いことしゃべったのは」
 恥ずかしそうにジョンは笑う。
「こんなこと、誰かに話す日が来るなんて思ってもいなかった」
「またまた、そんな水臭いこと言って! 僕らはとっくに君の見方なんだぜ、なぁ二人とも!」
 ロジャーは一瞬きょとんとしたが、ぶっきらぼうに言った。
「ったり前だろ! ていうかさっきの不逞の輩は、それこそとっくに俺を巻き込んでるんだからな。あいつら、ここにジョンがいるってことを知ってるんだろう? おかげで今日は別の別荘に行かなきゃならねーじゃねーか」
 口振りは乱暴だが、浮かぶ笑顔には少年のようなあどけなさがあった。
「でも、彼のことは気にしないでいいんだよ、ジョン。ロジャーはね、どうせたくさんいる女性のために幾つも別荘を抱えてるんだから」
 ブライアンは優しく微笑んだ。
「……そういうことは言わんでいい」
「いまさら恥ずかしがることでもないだろう?」
「なんか恨みでもあるのかお前は?!」
 今にも掴み掛かりそうなロジャーとやけに楽しそうな様子のブライアンの間にフレディは割って入る。
「まぁまぁ君たち、仲がいいことをそんなに見せつけてくれるなよ。それとも僕に嫉妬してもらいたいのかい?」
「いいえ、違います」
 ブライアンは瞳をくるくるさせて、おかしそうにロジャーを見る。
「お前に嫉妬されたら辛くてたまらないんだとよ、この先生は」
「いい返事だ、ロジャーもブライアンくらい素直にならなきゃね」
「放っとけ!」
「それはそうとだね、ジョンを早くもう少し安全な場所に移してやらなきゃならないんじゃないかと思うんだ」
 フレディの提案は大体次のようなものだった。
 数は分からないが、ジョンを追っている輩はこの国に少なからずいるだろう。彼等全てを振り切って逃げるのは困難だ。ならばどこかに隠れてジョンの回復を待ち、その後どうするかはまた考えればいい。
「今この状態で、先のことを考えるのは大変だろうからね」
 得意そうなフレディに、ブライアンは俯いてこう言った。
「大筋は賛成だけど、どこかってどこだい?」
「イヤだなぁ、僕はあくまで提案しただけさ! 後は住民である君たちが考えてくれなきゃ。僕は旅行者だし、この国のことは君たちの方が詳しいだろう?」
「そりゃあ、まあ……」
「駄目だぜフレディ、この人、滅多に外を用もないのに歩いて廻ったりとかしないんだからな。大方、自分ちと城の大通り周辺と俺んちくらいしか知らないぜ。それよりいい考えがある!」 「相変わらず馬鹿みたいに広いんだね、君の屋敷は!」
 ブライアンの遥か頭上に、豪勢なシャンデリアが幾つもかかっている。大きく開かれた門扉を通り、丁寧に世話された木々の庭を抜け、そして今ようやく玄関ホールに差しかかったところの、ブライアンの第一声であった。
「馬鹿は余計だっつーの。でも、ここならそうそう誰もが入ってこられる所じゃねーし、いいだろ? 自分の家みたいにくつろいでくれていいからな、ジョン」
「大丈夫かい、ジョン。馬車でだいぶ揺られたけれど」
 心配そうに声をかけるフレディに、ジョンは疲れたような笑顔を向けた。
「少し痛んだけど、休めば良くなるよ」
 顔色は良くはない。が、由緒正しい王族の貫禄のせいか、むしろこの場所では弱々しい様子には見えなかった。
「しかし俺も帰ってくるの久しぶりだなぁ、お袋とか元気にしてんのかな? 最後に会ったのがいつか覚えてねーや」
「それは健やかでいらっしゃいますとも。若様も、本当にお久しゅうございます、お元気そうな様子を拝見できて、これに過ぎたる喜びはありません」
 出迎えた老年の執事が、大げさな歓迎をする。

 

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