第九章

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 ジョンはそこまで早口で語ると、重々しい表情でロイヤルミルクティーのカップを口に運んだ。
 その表情と仕草が、彼の王子様然とした格好と妙に符号して、ロジャーは耐えきれずに吹き出してしまった。
「……ぷっ」
「ん? 何?」
 ジョンは一口含んでから、戸惑ったような表情でロジャーを見る。
「わ、悪い……話の途中で……しかし、ひゃーははは! 我慢できねー!」
 一度ついた火はなかなか消せないらしい。狂ったように爆笑するロジャーの隣で、ブライアンも静かに腹を抱え笑っている。
「いやね、別におかしいわけじゃないんだよ、君の格好が……ただ単に……変に……」
「お前って奴は、ブライアン、ば、馬鹿じゃねーのか本当は……ぜーんぶ言っちまいやがって……だっははははは」
 あとは言葉にならない。
 顔を真っ赤に染めて口をぱくぱくさせるジョンの両肩を抱き、フレディが優しく微笑む。
「彼等のことは放っておくといい。君の美を理解できていないだけなんだよ、悲しいことだね」
 僕にはわかっているからね、ダーリン……。陶然とした表情で囁かれ、ますますジョンはうろたえる。
「美って何だい?!」
「すべてだよ、決まってるじゃないか!」
 フレディは大仰な芝居がかった身ぶりで両手を広げてひらひらさせた。そのまま腰に手を当て、くるりとターンして笑い転げる二人に、きっと睨み付ける。
「さあ君たち、いい加減失礼な態度はやめたらどうだい? それとも彼の話を聞きたくないのか?」
「き、聞くとも」
 慌てたブライアンが、笑い過ぎて乱れた呼吸の合間に言う。
「よじれた腹が戻ってからな……!」
 ロジャーの様子は、重症の肺疾患患者よりひどかった。
「どうしよう、僕しばらく戻りそうにないよ」
「俺もだ」
 そっと上目遣いでフレディを見ると、軽やかに舞台を踊るバレエダンサーのように振る舞い、ジョンにロイヤルミルクティーのおかわりをいれてやっていた。王子に給仕する道化の図が、ロジャーの頭の中で展開された。実際ジョンは王子であるのだが、フレディの道化っぷりも見事なものかもしれない。
「毒をもって毒を制す……」
 ぼそりとつぶやくと、ブライアンがまたも吹き出した。
「ろ、ロジャーの馬鹿……明日お腹が筋肉痛になったら、君のせいだからね」
「っだー、てめぇ、言わせておけば……。ちくしょう、腹がいてぇ!」
「ふふふ……」
「ちょっと、ジョンまでなんで笑ってるのさ?! 君が笑われているんだよ!」
「だって……」
 ベッドに座ったジョンは、不満そうに見つめてくるフレディを見上げた。
「楽しいんだ。こんな気持ちは久しぶりだよ……。おかしいよね、本当ならこんな穏やかな気持ちになんかなれるはずないのに……追われてるってことが、まるで遠い世界のことみたいだ」

そうか、僕は笑っているのか。

 ホーセンがまだ今より平和な時だった頃、ジョンは「いつも笑っている」と評されていた。そして、いつの間にか、自分が笑っていることさえわからなくなっていた。次第に荒れ始めたホーセン。
 国中で悪事がはびこり、城の中も常に緊張に包まれ、玉座の父はどれだけ辛い想いをしたことだろう。父がなんとか状況を変えたいと努力していたことを、ジョンはよく知っていた。しかし、何も出来なかった。

 『お前が心配することは無い』
 そう言った父も、常に微笑みを絶やさぬ人だった。
 最後に指輪をジョンに託した時も、悲しい笑みを浮かべていた。

 そんな父の顔を思い浮かべながら、ジョンは首にかけた鎖を外し、指輪そのものには触れない様にしながらロジャーとブライアンの前に下げた。
「これがその指輪だよ。代々僕の王家に受け継がれてきたものだ」
 二人は笑うのをやめ、緊張の面持ちで顔を近付ける。するとジョンは、素早くシャツの中に隠してしまった。
「これ以上はやめとくよ」
「おいおい、なんでだよ。別に盗みやしないぜ」
 不満そうな顔でロジャーが唇を尖らせ、隣のブライアンが盛んにうなずく。
 ジョンは皮肉そうな笑みを浮かべた。
「盗んだって、君たちが使うことは難しいだろうよ。僕が心配してるのはそんなことじゃない。今まで免疫の無かった人がいきなり魔法に触れたら、僕にも何が起きるか分からないんだ。さっきはつい僕も油断してフレディに長いこと見せてしまったけれど……追っ手は多分、指輪と呼応したフレディの気配に気付いたんだ。いや、もしかしたら指輪とは関係ないのかもしれない。フレディ、君は……とても不思議な雰囲気をまとっているから」
「不思議な雰囲気をまとっているから」
 フレディはジョンの隣に座り、優しく笑いかけた。
 

『指輪の悪しき力の影響をなるべく受けぬよう、指には嵌めずに鎖に通して首にかけておきなさい。他人の目にはなるべく触れることのないように。この指輪は、お前を苦しめることになるだろう。だが一方でお前の身を常に護ってくれる。私も含めて、代々の継承者の魂が込められているのだからね……』
 

 父の笑顔が脳裏に浮かぶ。
 ジョンはフレディから視線をそらした。
「……話を元に戻そう。この指輪の本当の役割についてだ」

 

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