第十九章

戻る 十八章 二十章

 馬車を降りるとそこはホーセン国のはずだった。
 ジョンとフレディの見覚えの有るあの町が広がっているはずなのだが、両者共に全く知らない国に来たかの様な顔をしている。
「おい、お二人さん、何だ?この悪趣味な景観は?」
 ロジャーは眉間にしわを寄せ、二人が立ち尽くしているのを凝視した。
「…僕、は、知らない…」
 風の音に掻き消えてしまいそうな声で、ジョンは答える。
「僕もあのあと、何が起こったのか予想はできないな。」
 彼等の前には、木や花といった植物や、犬や猫、はたまたネズミの様な小さな動物すら見当たらない、廃墟が広がっていた。
「とうとう敵の本拠地に来てしまったわけだね…」
 ブライアンは静かに言って、ジョンの隣に立った。
「ここには、花屋が有って、こちらには旨い酒をだすと有名だった酒屋が有った…、なのに、みんなどこへ行ってしまったんだ…?」
 ふらふらと前へ歩み出し、目が見えなくなったかの様に手を前に突き出して、目からは涙が流れ落ちていった。
「ジョン?」
 ブライアンは不思議そうに訪ねたが、応答は無い。まるで、この世にジョン一人だけが存在し、彷徨っているという設定の舞台を、遠くから観劇しているようで、ブライアンは、妙な気分を味わっていた。
「おいジョンったら!」
 今度はロジャーがかんしゃくを起こし怒鳴った。
「…くが悪…んだ」
「ジョン…?」
 フレディはハッとして、ジョンの腕をつかんだ。ジョンは狂ったかのようにもがき、フレディの腕を払おうとする。つかまれていない方の腕は指輪に伸び、指輪はまばゆい光を放っている。
 ジョンはチェーンを引きちぎり、フレディの顔を何度も殴った。
 しかしフレディは手を離そうとはせずに、逆に懐に飛び込んで、抱き寄せた。
「フレディ!」
 ロジャーとブライアンもジョンを押さえつけようと加わるが、成人男性三人で押さえるのがやっとで、ジョンはもがくのをやめない。
「こいつが悪いのか!」
 ロジャーは指輪に直接触れ無いように、ちぎれたチェーンをつまんで取り上げた。
 するとジョンは崩れ落ち、それに伴って、三人とも倒れた。
「いっててー!」
 ロジャーは、できるだけ、指輪をジョンから離し、ブライアンは、ジョンとフレディに載られてしまったので必死にもがいている。仕方なく、ロジャーはブライアンを手伝い起こし、他二名の方に目を向けた。
「フレディ、ジョン?」
 呼びかけてみるが返事は無い。フレディは頭や鼻、口から出血している。
「おいブライアン、フレディの傷の手当先にするぞ。」
「ああ、ジョンはどうするの?」
「とりあえずは先にフレディの方が先決だ。」
 フレディを、ジョンから離し、ハンカチでまずは血を拭う。予備のシャツを裂き、即席の包帯を作り、頭に巻いた。
 ふと、ジョンの方をブライアンが見ると、正気に戻ったのか、フレディの方を見て青ざめている。
「ぼ、僕…なんて事を…」
「ジョン、これは仕方がないよ、君は指輪に踊らされていたんだ。きっとここは魔力に満ち、君の何らかの琴線に触れて反応したんだろうね。だから」
「だからって、僕が何にも悪いってことは無いんだ!」
「ジョ…」
「僕が指輪をこの国から離したから町が廃墟とかしてしまった。きっとこの町には二度と訪れては行けなかったんだ。」
「そんなことないさ。」
 フレディはムクリと起き上がり、ジョンを見た。悲しそうな目をしている。
「何故君はそれほどまでに自分を卑下するんだい?君は正しかった。そうだろう?」
「フレディ…」
 ジョンは、フレディにしがみついた。
「ジョン、喜びも、苦しみも、僕らがみんな分ち合うよ。だから、今は泣いてもいい。ね?」
 ジョンはフレディの胸に顔を埋めたまま、肩を震わせこくりと頷いた。
「ありがとう」
 震える声でジョンは言うと、顔を上げて、城の方角に目をやった。
(僕がしっかりしなきゃ)
「…あれ…?」
 ジョンの目が釘付けになっている方向を皆が向く。一頭の白い馬が走ってくる。
「おーい!」
 馬の騎手が大声で呼んでいる。しかも、どことなく初々しい笑顔を顔いっぱいに広げている。
「にーさーん!」
 ジョンは、ハッとして手を振る。
「シャルル!」
 ちなみに、シャルルとは、意地の悪いまま母、現王妃の連れ子であり、ジョンとは一つ違いの気の優しい弟で、兄弟の中で唯一味方に付いてくれた弟である。
「元気そうだね、兄さん。」
「お前も元気そうで良かった。ところで、この町の有り様はいったい…。何が有った?」
「この町の南西部、つまりここらへん一帯は疫病が万延したため、皆引っ越しを余儀なくされたのです。」
「そうか…」
 ふとロジャーは不思議に思って、言った。
「お話中すまねーが、あんた、何故これがジョンと分かった?」
 ジョンは、長い髪を切り、帽子を深々とかぶって服装は王子様系では有るが、さほど目立たない姿をしていた。
「何故なら僕は、ジョン王子の弟だからです。皆さん、こんなところいたら何に襲われるか分かりませんよ、さあ、こちらへ。」
 納得いかないロジャーだったが、ブライアンに小突かれてしかたく付いていく。
「もし罠だとしても、指輪が向こうに行かない限り大丈夫さ。そういえば、ロジャー、ジョンに指輪かえさないの?」
 いわれて気付いたロジャーは、自分のしていたネックレスに、指輪を慎重に通し、ジョンの肩をつっつき、渡した。
 しばらく行くと、城にたどり着いた。そして誰も知らない様な入り口から入り込み、カビ臭いトンネルを抜け、どんでん返しの壁をくぐりある部屋に出た。
「父上」
 そっと小声でシャルルは呼ぶと、やせ細った老人が出てきた。
「おや?シャルル誰を連れてきたんだね?」
 片方の眉を持ち上げ、白眉に隠れた目を出した。しばらくの間が有って、老人は嬉しさのあまりに震えた。
「ジョン…生きていたんだな…」
 よろよろと、息子のもとへ歩いてゆく、元国王、ホーセン。
 すっと、フレディはひざまずき、礼をただした。
「お久しぶりでございます、陛下。」
 後ろにいた三人は驚き、シャルルはホーセンの補助をしている。
 ホーセンは、懐かしそうにフレディを見て微笑んだ。
「よくぞ参ったフレディ!わが国の語り部の一族の末裔よ!」

 

戻る 十八章 二十章