第八章

戻る 七章 九章

 ジョンが隣の部屋に移った後、「全く訳が分からない」といった顔のロジャーとブライアンがフレディにつめよった。
「なんだありゃー?!」
「一体君は何を彼から聞いたんだ? 魔法なんて、ここ数百年聞いたこと無いよ?」
「まぁまぁ二人とも落ち着きたまえよ、このお茶でも飲んで。僕の自慢なんだ」
「俺んちのだっつーの!」
 そう言いながらも、鼻先に突き出されたカップを拒みはしないロジャーだった。が、口に運んだとたん顔をしかめる。
「冷めてるよ……」
「でもこれくらいが胃には優しいんだよ」
 柔らかく微笑むブライアン。
「ちくしょう、いれなおしてやろうか」
「いいよ、このままでも十分じゃないか」
「俺は胃だけは丈夫なんだよ!」
「へえ、そうなの」
「感心するな! 納得するな!」
 フレディは窓の傍に腕を組んでたたずんだ。遠くを眺める、その瞳に浮かぶ光が険しい。
「君たちは、その目で実際に『魔法』を見たことはあるかい?」
「へ?」
 ブライアンとロジャーは顔を見合わせた。
「ないだろう? おとぎ話で繰り広げられるだけだ。それもそのはず、魔法は三百年ほど昔に滅び去ったんだよ。一般的には知られていない事実だけどね」
 フレディはまるで今日の天気でも話題にするように、たんたんと話す。
「魔法が滅んだのは、ある国の滅亡が関わっていた。伝説のライの国だ」
「うおっと、ちょいと待った! それって史実なのか? ブライアン博士、お前知ってるか?」
 ブライアンは無言でかぶりを振った。
「それこそおとぎ話の世界のことだと思ってた……」
「当然だよ。これは明かにしてはいけない話なんだ。世界の歴史が狂うことになるからね。伝説で誇張はされているけど、たしかに伝説通りライは七つの海をも支配した。何をもって為したのか――魔法だよ。でもその力に驕り、ライは滅びた」
「……」
「しかし、完全には滅びちゃいなかった。王家の一部はバラバラになってはよその大陸に逃れ、ほそぼそと暮らすことになった。今も、どこかでその営みは続いている。その別れた先が、恐らくはホーセンなんだろうと思う」
 
 ロジャーも、ブライアンも難しい顔をして考え込んでいる。常識を覆すようなフレディの話に混乱と、迷いを兼ね備えた複雑な顔をしている。
「何で又こんなヤヤコシイ時にそんな話を出すんだよフレディ?」
 フレディは、虚空を観るような目でロジャーとブライアンを交互に見、意地悪く笑った。
「この話とジョンが今からする話は密接につながり合っているんだよ?さっき言った様に、今の世には魔法は存在しないはずだった。なんせ、ライが滅び、生き残った者達で、その力を封じ、もう二度と同じ過ちを起こさせない様に、使わないとその血に約束したんだ。しかしながら、ジョンの故郷ホーセンはその掟を破った。わかるかい?」
 ふと、フレディの表情が元に戻り、ドアを見た。ドアノブが回り、ジョンが恥ずかしそうに入って来た。
「フレディ…、こんなに目立つ服は僕あまり着れないんだけれど…。」
「ブ…!」
 ロジャーとブライアンは吹き出しそうになっていた。ジョンの格好があまりにも典型的な王子様スタイルだったからで、袖はレースで縁取られた開襟のシャツに、赤い大きな羽根の付いた白いつばの大きい帽子に、細身の白のスパッツの腰には剣を挿し、ヒールの高めな白ブーツに、紺のマント。ある意味似合うが、あまりに目立つ服装だった。
「何か悪いことでも?ダーリン。似合っているよ?」
「いや、似合っているとかいないとかじゃなくって、こんな目立つ格好じゃ逃げていてもすぐに追っ手に見つかっちゃうよ。それに」
「まだ何かあるの?」
「…良く僕のサイズが分かったね。丁度いいサイズなんだ。キツ過ぎもせず、ゆる過ぎもせず、かといって腕や足などの関節部分が楽に動かせて。まあ良いや。良い買い物してきてくれてありがとう、フレディ。」
 ちょっと府に落ちまい様だったが、ジョンは丁寧に御辞儀してフレディに感謝の意を述べた。が、ロジャーとブライアンは笑いを堪えつつ、自分達にもきちっと話されるべきことを訊く態勢に入った。
「さあ、早く僕達に君達の国のことをもっと詳しく訊かせてくれないか?このままじゃ僕の頭が保たない。いや、ロジャーの方がもっと保たない。」
 ブライアンは胃が痛むのかお腹を押さえつつ、懇願したような目つきでライの生き残りの二人に言った。ロジャーはブライアンの横顔を見つつ、頷き同じ様に見詰めた。
「ジョン、先に僕の方から話した方が筋が通りそうだね。」
「みたいだ、君の知っていることの方が、僕のことより遥かに昔の事の様だから。」
 
 四人腰を下ろし(ロジャーとブライアンは、各々の椅子に腰掛け、語り手のジョンとフレディはベッドのガラス付きのシーツを退かし、座っている)、その時が来るのを待った。
 

皆が落ち付いたのを見計らい、フレディは口を開いた。伝説の国ライのこと、魔法のことを、だ。
 昔、神も魔法も存在していた遥か遠い過去の記憶だけれど、まずは僕の素姓を話さなければならない。
 僕の先祖はライを取り仕切る王様のようなもなだった。ライが滅びてから僕の家系はいつか来るであろう最悪の事態のため、ひっそりと暮らし、流浪の民をしてきた。そして代々その両親から子供へと、口頭で語られてきた歴史を今話すよ。良いかい、これは非常事態なんだ。心して聞くんだよ。良いね。
 じゃあ始めよう。
 
 昔々の話だ。魔法は徳の高い人間ならば、子供でも年寄りでも、性別も関係なく使うことができた。その中でも強い魔力の者達を集め、国を創った。それがライだ。
 始めは皆秩序をよく守り、平和な国だったのに、三世紀近く経った頃、魔法を悪用する輩が増えてきた。その頃には犯罪が絶えず起こり、国民の不安の頂点だった。そして、悪いことを企む輩によって形成された団体が、僕の先祖の国をめちゃくちゃに破壊し尽くしたんだ。
 この戦いは実際一世紀半続いたんだ。結局僕の先祖が悪しき魔法とそれを使う者の血や、根を全て断ち、勝利を収めたが、生き残った先祖は合わせて13人しかいなかったそうだ。
 魔法を二度と悪しき手の者達に渡さないよう血に誓い、誇りに誓って封印した。
 その封印に携わった13人をライの最高賢者として代々語り継がれている。
 

「…と、まあ、僕の家に伝わる伝説はこんなもんさ。で、ジョン、君が奪った魔法の一部ってその指輪以外にも何か有るの?」
「詳しく言うと全てこの指輪のせいなんだけれどね。とりあえず粗方彼等に説明するよ」
 自分はホーセンの第一王子であり、国を受け持つ身でありながらその国を裏切ったのは僕の継母と義兄弟がスポットに出てくる訳さ。
 僕の実母が妃だった頃、国は安定し、民も裕福だった。これは本当の事だよ。父も命の危険に晒されずに、ゆったりと民だけに想いを傾けていられたからね。
 でも、幸せのときは長く保たなかった。母が12の時に亡くなり、父は途方にくれたが、それでも民の事だけ考えていた。あの忌ま忌ましい継母が来るまでは。
 ある時民の勧めで妃を貰った父だったが、一番下の義弟、シャルルだけは違った。彼は僕に味方してくれたのだ。
 そして、計画を実行せざる日が来てしまった。父が、長年の妃のイビリに耐えかねて、王位を譲ってしまったのだ。僕はそっと父に近寄り指輪を預かった。
 父が指輪を、指から離したとたんにホーセンは荒れはじめた。
 ………………………ーーーーーーーーーーーーーーー。
 この指輪は持つ人物の力を最大に発揮できる能力輪持っている。だからこそ危険であり、悪しき物の手に渡ると世界が滅びかねない。でも、僕は故郷を、人民を裏切ってまでやった事は、この指輪の効果を知る良人にしか解らない事なんだ。

 

戻る 七章 九章